先日も母の家に宿泊してきました。
定期的な見守りを始めてから5か月ほどになります。
正直に言えば、母の状況が大きく良くなったわけではありません。
認知症による物忘れは続いていますし、愚痴も相変わらずです。
それでも続けていると、以前とは違う気持ちで向き合える場面が少しずつ増えてきました。
同じ話を何度も聞く日々
母との会話は、ほとんどが以前にも聞いた話です。
昔の思い出話。
近所の人の話。
親戚への不満。
老人会の話。
そして兄や姉への愚痴。
初めの頃は、
「その話はもう何回も聞いたよ」
と思っていました。
しかし最近は、
「母にとっては今も大事な話なんだろう」
と考えるようになりました。
内容に共感できなくても、否定せずに聞き流せる場面が少し増えた気がします。
冷蔵庫を見るたびに感じる現実
今回も冷蔵庫には食べきれない食材が入っていました。
同じような総菜。
期限が近い牛乳。
いつ買ったのか分からない野菜。
以前なら、
「また買ったの?」
と注意していたと思います。
しかし最近は、
「これも認知症の症状の一つなんだな」
と思うようになりました。
もちろん無駄は気になります。
それでも責めても改善しないことは、これまで何度も経験してきました。
私自身が疲れてしまうだけなのです。
入浴してくれただけで安心する
以前は当たり前だったことが、今では安心材料になります。
今回も声をかけると入浴してくれました。
たったそれだけのことですが、正直ほっとします。
高齢になると入浴そのものが面倒になり、
体力的にも負担になります。
だからこそ、
「今日はお風呂に入れた」
という事実だけで十分だと思うようになりました。
変えられないものと向き合う
見守りを始めた頃は、
母を何とか元気にしたい。
もっと人と関わってほしい。
愚痴を減らしてほしい。
そんな気持ちが強くありました。
しかし5か月続けて分かったことがあります。
それは、
私に変えられることは意外と少ない
ということです。
母の考え方も。
認知症の進行も。
人間関係も。
私が頑張ったからといって簡単には変わりません。
変えられないものに力を使い続けると、自分が疲れてしまいます。
今できることを続けていく
最近は、
「無理に解決しなくてもいい」
と思うようになりました。
週に何回か顔を出す。
一緒に夕食を食べる。
お風呂を勧める。
困った時に駆け付ける。
それだけでも十分なのかもしれません。
介護や見守りには正解がありません。
それでも今の私にできることを続けていこうと思います。
おわりに
母は90歳になりました。
認知症も少しずつ進んでいます。
これから先、今より大変になることもあるでしょう。
それでも見守りを始めた5か月前の私と比べると、少しだけ肩の力が抜けた気がします。
母を変えることより、自分が疲れ切らないこと。
それも長く見守りを続けるためには大切なのだと思います。

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