今週も母の見守りのため、実家を訪れた。
到着すると、前回同様に機嫌は良い。
まずは夕飯の買い出しへ出かける。
機嫌がよかったこともあり、その日は入浴もしてくれた。
週の初めにデイサービスが来てくれていたが、その際は入浴していないと連絡を受けていた。本人に理由を聞くと「入りたくない」とのこと。
けれど、いざ入ってしまえば「気持ちよかった」と嬉しそうに話す。
毎回、この繰り返しだ。
翌日は一緒に墓参りへ。
これもとても喜んでいた。表情が穏やかになる瞬間を見ると、連れてきてよかったと思う。
最近の心配事
気がかりなのは、友達が減っていくこと。
高齢だから仕方のない部分もある。
しかし、自ら人付き合いを拒んでいる面も否めない。
「老人会にはいじめる人がいる」
「デイサービスはもう来てもらわなくていい」
そんな言葉が増えてきた。
デイサービスの日程を変更したことも覚えておらず、「勝手に変えられると困る」と不満をぶつけたようだ。
記憶が追いつかない現実と、本人の中の正しさがぶつかっている。
さらに最近は、自分の機嫌をうまく保てなくなっているようにも感じる。
ちょっとしたことが不満になり、それが言葉となって周囲に向けられる。
出来なくなってきたこと
認知症が進むにつれ、できないことが少しずつ増えている。
最近、特に顕著なのが二つ。
一つ目はサランラップ。
途中でうまく切れず、端が分からなくなる。
焦りながら触っているうちに、最後は包丁で切ろうとしてぐちゃぐちゃになり、結局使えなくなってしまう。
もう一つはエアコン。
温度の感覚が理解できなくなっている。
冷房を入れても「涼しくない」と言って温度をどんどん下げていく。
私は寒さに耐えられずその場を離れるが、本人は平気な様子。
しばらくすると今度は「涼しくなった」と言って電源を切ってしまう。
何度説明しても理解は難しい。
最近は、ある程度好きなようにさせている。
日々の見守りの中で
日々の見守りの中では、正直そこまで大きな変化を感じないこともある。
今日も元気そうだ、と安心する日もある。
しかし、少し長いスパンで振り返ると、確実にできなくなっていることが増えていることに気づく。
そして、感情のコントロールも少しずつ難しくなっている。
それが一番、切ない。
来週もまた訪問予定。
一週間はあっという間だ。
小さな変化を見逃さないようにしながら、できることを淡々と続けていくしかない。

コメント