記憶の混乱と向き合った一日
1月22日
今日は、いつもより少し早めに母の部屋を訪問しました。
前回の訪問からは、ちょうど1週間ぶりになります。
訪問早々に始まった「新年会」の話
ドアを開けるなり、母はこう切り出しました。
「新年会で、とても嫌な思いをしたの」
話を聞くと、新年会で受け入れられない出来事があった、という内容です。
最初は老人会の新年会に参加したのだと思い、その前提で話を聞いていましたが、どうも話が噛み合いません。
詳しく聞いていくうちに、ある考えが浮かびました。
母が言う「新年会」とは、私たちが兄夫婦と元旦に集まった、あの食事会のことではないか、というものです。
母の中で作られた記憶
母の話では、新年会では兄弟夫婦だけで会話をし、母のことはずっと無視されていた。
食事もほとんど与えられず、ほぼ何も食べていない。
こんな扱いを受けたのは初めてだ、という訴えでした。
しかし、その場には私自身も参加していました。
実際には、皆で会話をし、一緒に食事もしていたはずです。
つい先日まで、母自身が「お兄ちゃんはよく話していた」と言っていたことも覚えています。
違う記憶と記憶が混ざり合い、
そこに被害妄想が重なって話が作られてしまったのではないか。
私はそう考えました。
否定するという選択
普段であれば、話を受け流してしまうところです。
しかし今回は、このまま肯定してしまうのは良くないと感じました。
私もその場にいたこと、兄嫁がよく話しかけていたこと、
一緒に食事もしていたことを、できるだけ落ち着いて伝えました。
そして、「それは夢だったのではないか」と伝えました。
しばらく考えたあと、母は
「そうなのかしら?」
と言い、話はいったん終わりました。
繰り返される症状への不安
これまでも、同じような症状は時々見られていました。
最近は落ち着いていたように感じていたため、
またぶり返してきたのではないかと思うと、気分が沈みます。
昨夜、母から携帯に電話があったのですが、気づかずに出られませんでした。
そのことも、妄想が膨らんだ一因だったのかもしれません。
大きな傾向として、母の中で
「自分は嫌がらせを受けている」
という被害意識が、少しずつ強くなっているように感じます。
息子や息子夫婦とのやり取り、
老人会の仲間からの嫌がらせ、
父の親戚から連絡がなくなったこと――
すべてが、同じ方向に結びついているように思えます。
良くなることは難しいのかもしれません。
それでも、これ以上悪化しないでほしいと願うばかりです。
エアコン交換でも起こる混乱
リビングのエアコンを交換することにしました。
理由は、今使っているエアコンを母が気に入っていないからです。
「思った通りに動かない」「止めてもすぐに止まらない」「涼しくならない、温かくならない」など、不満は尽きません。使うのが怖いので変えてほしいと会うたびに同じ話を繰り返されました。
それほど古くない機種のため、このまま使いたかったのですが、不満をぶつけれて来たため、私自身も限界を感じ交換を決めました。母親に内容を話して、母親も納得し交換を決めました。
ところが、案の定、話は振り出しに戻ります。
「なぜ変えるのか」「お金がかかるじゃないか」「勝手に決められた」
この件については、私も思わず声を荒げてしまいました。
「あなたがずっと不満を言っていたから変えるんだ!」
そう伝え、この話題は打ち切りました。
強靭なメンタルが欲しい
毎回こうだ。
まともに向き合い続けていたら、こちらのメンタルが持たない。
もっと強い心が欲しい。
今日の夕食時にも、また同じ不満をぶつけられるのではないか――
そんな不安を抱えながら、このブログを書いています。

コメント